4.1細菌(病原微生物)検査の必要性

4−1.なぜ、FDCの治療は細菌を重視するのか?

二大歯科疾患の「う歯」と歯周病は感染症ですから「診断論理と治療理論」を構築するために原因である細菌検査からの「細菌情報」が中心になります。もし、このような感染論に基づいた臨床行為が行なわれない場合は再治療だけでなく、歯原性菌血症(Odontogenic bacteremia)によって人体の諸臓器に悪影響を与えます。〔1.2.3.〕

たしかに宿主(ヒト)の免疫システムは細菌の組織内に侵入すること防衛する機能を担っています。しかし、すでに発症後。歯や歯周組織の病的破壊が始まっている段階では明らかに免疫機能が低下しているか、あるいは通常の免疫機能を上回る強力な細菌の活動が推定されます。そこで細菌検査により病巣部の細菌の種類や生態、さらに組織の免疫機能の状態を具体的に知ることが可能になります。

これらの理由からFDCが治療において細菌検査を重視する意味がお判り戴けたと思います。

感染症治療は細菌検査にはじまり、細菌検査に終る。故に細菌情報なくして治療なし。

【Refferences】

  1. Stepanovic, S., T. Tosic, B. Savic, M. Jovanovic, G. K'Ouas, and J. P. Carlier. 2005. Brain abscess due to Actinobacillus
    actinomycetemcomitans. APMIS 113:225-228.

  2. Novak, M. J., and H. J. Cohen. 1991. Depolarization of polymorphonuclear leukocytes
    by Porphyromonas (Bacteroides)gingivalis 381 in the absence of respiratory burst activation. Infect. Immun.59:3134-3142.

  3. Wagner, K. W., R. Schon, M. Schumacher, R. Schmelzeisen, and D. Schulze. 2006. Case report:
    brain and liver abscesses caused by oral infection with Streptococcus intermedius.
    Oral Surg. Oral Med. Oral Pathol. Oral Radiol. Endod. 102:e21-e23

4−2.細菌を可視化しなければ制圧できない

制圧ターゲット(目標)を定めるためには患者さんの歯周ポケットや「むし歯」の窩洞に、@どのような種類の細菌が、Aどの程度存在し、Bどのような生態なのか、をリアルタイムに見ることが出来なければなりません。この目的のために【細菌を生きたまま可視化できる】位相差顕微鏡検査は不可欠です。

さらに死菌になりますが、より正確に細菌情報を獲得する検査法として【DNA(Invader法)検査】があります。DNA検査は細菌の鑑別と定量化が可能ですので位相差顕微鏡検査とは異なった視点の細菌情報を知ることができます。FDCは日常診療に、この2種類の検査法を病原菌除菌のツールとしています。

4−3.DNA検査は有効なツールだが過大評価は禁物

DNA検査導入によって歯周ポケット内の細菌の種類や細菌数の定量化が可能になりますので診断精度は一段と向上します。しかし、臨床上の問題点としては検査対象が特定菌種に限られており、また検査結果はタイムラグがあるため検査当時の病巣には、こういう種類の細菌が、これぐらい存在していました、という過去の細菌情報になることです。

さらに問題は現在のDNA検査報告書ではP.g菌、T.d菌と各々1種類のみが表記されています。しかし、実際には歯周病のP.g菌(Porphyromonas gingivalis)は19種、またT.d菌(Toreponema denticola)の場合では17種存在しています。このためT.d菌だけの分類では抗菌剤耐性のT.d菌か、否かの区別が困難ですので精度の高い治療には不十分といえます。

T.d菌の例のように基本構造は共通していても抗菌剤など外部の影響に対する機能がことなる「変異菌」が存在しています 。このようにT.d菌やP.g菌の例でも多様な変異がみられますのでFDCではDNA検査といえども過大に評価することなく位相差顕微鏡検査などの細菌情報を総合的に考慮しながら診断や治療に導入しています。

4−4.P.g菌は1種ではない

1)細菌は進化する

下記の表(Table−1)は口腔内に存在する微生物を全世界から集めてストックされている最も信頼のおけるHOMD(Human  Oral MicroBiome Database(Forsyth Institute.USA)から【P.g菌】について引用したものです。このようにP.g菌と言っても1種ではなく現在、遺伝子構造の異なったものは19種(2016.10.30.現在)になっています。

P.g菌が19種類存在すると言うことは環境変化に対応して個体の生存性を高めるために細菌の構造や機能などが進化したものと推定されます。

注)(Table−1)では17種の記載ですが、現在は19種に増加しています。

2)細菌のウィークポイントを分析する

細菌がこのように進化する以上、常にターゲット(目標)にする細菌の構造や生態の変化に関する新しい情報を知っておくことは治療戦術の上からも必要になります。例えばP.g菌を確実に制圧(溶菌・除去)していくためにはP.g菌の【タンパク質構造】から【アミノ酸配列】までの最新情報をデータベースから徹底的に収集致します。

収集された【細菌情報】によってP.g菌の「細菌の構造」や「代謝システム」、あるいは「クオラムセンシング能力」などのウェークポイントを見つけ出すことが可能になります。この結果、治療効果を高めることが可能になるだけでなく【病原菌除菌資源】を集中的に運用できます。

4−5.細菌の分子生物学的情報の入手

FDCでは正確な診断や治療成績を向上させるためには患者さんの【敵】である細菌を分子生物学的なレベルで構造や機能の情報を入手し、臨床に生かすことだと考えています。なぜなら、臨床で戦う相手の細菌群は研究室で培養された礼儀正しい?標準菌、1種だけではなく2億年5千万年以上、地球生物絶滅の危機をサバイバルしてきた野性の多様な細菌集団である、ということです。

この多様で狡猾な細菌に対してワンパターンの治療や抗菌剤を頼っているだけでは臨床家は変異を繰り返す相手に常に主導権を握られ、不本意な治療結果になります。細菌に勝つためには徹底して細菌の構造や機能の弱点を熟知し、そこに攻撃手段を集中しなければならないと考えています。この手段を実現するためには、まず細菌の分子生物的な情報が必要になります。

それではP.g菌の例で構造をご覧下さい。1個体の複雑な構造とメカニズムに驚かれるでしょう。

なお、以下の説明に使用している図表はフォーサイス研究所(米国)のHMDBから検索、使用しています。 These charts used in the following explanation were searched from HMDB (Human Microbiome Database) of The Forsyth Institut (USA).

Table−1.

P.g菌17種を示す(現在は19種)
thumb-1

DNA検査によってP.g菌を鑑別することができましたが現在、P.g菌の仲間は「Table−1」より多い19種(2016.10.30)が存在しています。P.g菌としての基本的なタンパク質構造や代謝のメカニズムを共有していますが、それぞれ遺伝子レベルではいろいろな変化がみられます。

例えば【SEQ ID2616】のP.g菌は先頭のアミノ酸はThreonineですが、【SEQ ID2507】のP.g菌ではAlanineが先頭になっています。これは、ほんの一部ですが同じP.g菌であっても、このような構造上に差がありますとMIC制圧(溶菌)を行なった場合には異なった結果が生じる可能性が考えられます。事実、FDCの制圧処置においても一部の結果には差が見られます。

注)(Table−1)ではP.g菌は17種の記載ですが、現在は19種 

Table−2.

P.g菌のたんぱく質構造(一部)
thumb-1

Table−2.はP.g菌 (一部)の構造と機能に関係するタンパク質が記述されています。表の右端(Gene Product Name)の各行にはP.g菌の「構造パーツ」や「酵素」などのタンパク質が記載されています。実際のP.g菌では種類により、このようなリストが約1900〜2300行にわたって記載されています。

注意すべきことは、このリストの中にhyporthetical protein(未知機能たんぱく質)という機能が特定できないたんぱく質が約6%程度含まれています。現在、このタンパク質はP.g菌の中で、どのような役割を果たすのか不明です。一般によく知られているP.g菌ですが、まだ解明されていない機能があります。

注)hyporthetical protein(機能未知たんぱく質)が生じる理由はゲノム情報から推定されるタンパク質の機能注釈づけを主にアミノ酸一次構造の相同性解析からおこなっているからです。検出される活性を指標として、これに対応する遺伝子を選択するシステムによってタンパク質を分類する方法が望ましい。

Table−3.

P.g菌のコドンリストの1部を示しています。
thumb-1

Table−3.はP.g菌のDNAコドンからアミノ酸を製造するルールを示します。表の左端の下欄に【GGG】と並んだ記号があり、このコドンでアミノ酸の「G:グリシン(上の行を参照)」をつくります。また、右隣の【ATC】は【I:イソロイシン】になります。このように核酸のコドンからtRNAの働きによってアミノ酸を製造、さらにアミノ酸をチエーン化してP.g菌に必要なタンパク質を作り出します。

細菌はミクロサイズだから単純な構造と思い込みがちです。しかし、実際は巨大なシステムによって稼働する化学工場を隠し持つ生物です。

1.EBM(Evidence Based Medicine)に必要な細菌検査

感染症のむし歯や歯周病の治療を正確で効率的に進めていくためには位相差 顕微鏡によってリアルタイムに病巣部の細菌の種類と活動性を掌握する 必要があります。科学の眼(位相差顕微鏡)によって獲得した細菌情報に 基づく治療こそ科学的なEBMといえます。

2.細菌検査による正確な診断治療

例えば出血を伴う重症の歯周病の場合、細菌検査の結果、主因がT.d菌 と判明しますと、この菌に有効な抗菌剤を投与することにより、出血もなくなり歯 周組織も急速に改善します。このように細菌検査によって従来は経験や 技能に頼っていた歯科治療を普遍性の高い治療に進歩させることができます。

3.ブラッシングや口腔リンスの細菌抑止効果の判定

3−1.口腔衛生グッズは花盛り

むし歯や歯周病のブラッシング法は以前から様々な術式が考案されてきました。 また、最近ではむし歯や歯周病だけでなくの口臭関係にいたる多様な予防グッズや口腔リンスのCMが頻繁に流され、今ではスーパーや通販だけでなく家電売り場においてすら色とりどりの商品が並べられています。
しかし、これらの予防グッズによる予防効果はどの程度あるのでしょうか?

3−2.マインドコントロールからの目覚め

例えば、今まで口腔リンスはお口のエチケット程度の利用として宣伝されていましたが、最近では一般の人々は細菌を見ることができないことにつけこみ、あたかもむし歯や歯周病菌に大変効果があるようなイメージCMをおこなっています。果たして、今まで以上に予防効果はあるのでしょうか?FDCの例を挙げますと歯周病悪化で来院された患者さんにホームケアについて伺いましたところ、永年ある口腔リンスを愛用され間違いなく歯ぐきに効果にあると主張されていました。

早速、位相差顕微鏡で検査いたしますと偏性嫌気性菌はもちろん、他の菌に対しても病原菌除菌力は殆どないことが判明しました。この次は本気で!と1週間きっちりとご使用頂き、再検査いたしましたが結果はまったく同じでした。今まではコマーシャルを信じておられた患者さんも、さすがに2回の検査結果によってマインドコントロールから覚醒されたようです。

3−3.口腔リンスによる予防効果の評価例

次の例は最近、発売された口腔リンスですが、むし歯菌だけでなく歯周病菌にも効果があるとのことで商品ラベルには某大学教授の名前が添付されています。さて、細菌に対する結果はどうでしょうか?以下の画像をご覧下さい。

Video―1.リンス使用後の検体

口腔リンス使用後、4時間経過の右下第1第大臼歯の歯周ポケットから採取された検体

Video−2.検体上に口腔リンスを滴下した結果

同検体に口腔リンス1ccを滴下した後、連続的観察、3分後の位相差顕微鏡微鏡像を示します。(実際には3分間も同一部位をリンスすることは考えられない) ?歯周病予防には、このタイプの細菌を退治する必要があります。他の患者さんの検体からも同様の検査結果がでています。さて画像が示す結果から予防効果の判定はいかがでしょうか

Video−3.同じ検体をFDC式MIC法(簡易法)で処理した
結果です。

採取された検体だけでなく、大臼歯の歯周ポケットにも適用しましたが同様にゴミのようになった細菌の菌体崩壊(細菌の死体)がみられます。細菌の生存環境や構造を考えた処置をすれば当然の結果です。

Video−4.口腔リンスの内容液

画像は容器をよく振り撹拌されたリンス液を検査したものです。すでに死菌が存在しています。この結果をみると2つの疑問が生じます。

1)溶液中の微生物が、この数量(棒状のN菌の数(3個?)で果たして効果があるのか?

2)生きている菌が、この容器のまま店頭において、@どの程度の期間、機能性を保ち、生存可能なのか?

注)死菌では効果が期待できないはず。
実験環境では効果があったのかもしれませんが、商品としては疑問が残ります。

さて以上の検査画像が示す結果から予防効果の判定はいかがでしょうか?

口腔リンスをイメージや好みで選択されるは自由ですが、自分の歯を護るために本気で予防効果を期待されるのであれば細菌検査によって選択されることをお薦めします。もちろん使用法を工夫すれば有効な口腔リンスもあります。

4.診療空間や治療器材の滅菌、消毒状態の確認

感染治療を行う診療空間は極言しますと細菌空間ともいえます。

FDCでは感染防止のためには診療空間の空気や水はもちろん、日常診療で使用する治 療器材の滅菌、消毒を行っています。しかし、定期的な細菌検査だけでな く不審な時はすみやかに滅菌や消毒手順のチェックを行うだけでなく臨時の細菌検査を行なっています。 一見、清潔そうに見える診療空間でも細菌・チェックが行われていなければ医学的な 清潔さは疑問です。

清潔感だけでなく医学的清潔さが診療空間の基本です。


以上のように感染症診断・治療や予防では細菌検査が不可欠です。