12.院内感染制御技術

1.診療室の感染汚対策は統合的な感染制御技術が必要

歯科臨床は感染性疾患の治療機会が多く、特にむし歯の治療では圧搾空気駆動による高速タービンよって歯を切削するため、壊死象牙質をはじめ唾液や血液などのエアゾルに混じって細菌付着のパーティクル (超微粒子)が診療空間に飛散いたします。もちろん、治療台のサイドで吸引装置をつけることにより飛散量は軽減しますが吸引されなかったパーティクルは天井付近まで拡散し、天井に付着したものも含め室内空気の対流により移動し、診療室の隅々に落下致します。このように診療室は日々の高速タービン使用の結果、見えない細菌・パーティクルによる汚染が累積されていきます。

このような浮遊細菌による【空間汚染】の診療環境では従来の手洗い励行や器材の滅菌を徹底化するという感染防止策だけで院内の清潔環境を維持することは極めて困難です。【空間汚染】の感染防止するためには診療空間を三次元的にとらえ、この空間にかかわる【空気】をはじめ器材、人の流れなど感染防止にむけた一元的な管理、運営が可能となる【統合的感染制御技術I】が必要です。しかし、歯科臨床においては【空間汚染】に関する認識、あるいは臨床における【統合的感染制御技術】の運用状況は医科領域と比較致しますと、まだ、十分とはいえないようです。

2.FDC感染制御技術のルーツ

 院長は滅菌法の研究者としても国際的に著名な實川佐太郎教授 (大阪大学医学部・中央手術部)の門下生として14年間にわたり先端の臨床工学研究だけでなく手術室における【感染制御技術】の研究にも取組んでいました。現代では高度な手術は手術室の空気が滅菌されているバイオクリーンルームでおこなわれるのが常識ですが、40年前の外科手術は外科医が術前に手指から前腕部までの消毒後、滅菌された器材で手術を行ない、手術後は感染防止に抗生物質を投与し患者さんの容態に注意を払って完結でした。しかし、このような限定された滅菌管理ではいかに手技の優れた外科医でも脳や心臓の手術、あるいは臓器移植などの難易度の高い手術には常に感染リスクがつきまといました。

そこで中央手術部副部長(部長は後に国立循環器センター初代総長、曲直部寿夫(第1外科教授(故人))に就任された實川先生は術後の感染予防を抗菌剤に頼る方法から、従来は不可能と考えられていた手術室全体の無菌化によって手術中の感染を防止する手術室無菌化構想の実現に向けて研究を開始されました。当時、日本の外科分野では手術室の空気を滅菌するノウハウはなく宇宙開発分野の論文を参考に長期にわたり工学部の研究者グループと共同で空気の滅菌フェルター使用による滅菌効果の計測や検証を重ねながら手術室の無菌化に成功されました。

さらに手術器材を1ヶ所で滅菌・保管を行う一元管理法をはじめ、手術室の【空気や水】の滅菌技術、手術空間のパーティクルの測定による汚染度管理、さらには手術室に侵入する病源微菌媒介昆虫の排除などに到る徹底した感染防止の研究と対策が継続的に行われました。
その結果、無菌的な手術空間をベースとする【統合的感染制御技術I】や手術支援システムにより脳や心臓などの高度な手術も感染リスクから解放されるとともに効率的な手術が可能となりました。その後、 これらの技術は国立循環器センターの手術室にも技術移転されています。

FDCの感染制御技術は当時、東洋一といわれた阪大・中央手術部においてエキスパートの人々の間に混じって永年にわたって 培った研究や経験がルーツとなっています。
なお、實川先生はFDCのために退官後も滅菌技術だけでなく、いろんな医療技術を御指導いただきました。 また、滅菌研究では世界的な権威でいらっしゃった實川先生は当時、あまり重視されていなかった滅菌技術の重要性を全国の医療関係者に広めるために日本初の滅菌法研究会を主催され院内感染を医療関係者だけでなく社会的に認知させられたことの意義は大変大きく、この研究会の広まりに伴い、感染に関する法律も整備され外科手術の近代化が促進されるようになりました。

3.歯科診療空間の感染制御

3−1.診療室は汚染空間

冒頭にのべましたように歯科診療室は切削タービンによって細菌 パーティクルが飛散し、天井から床までが汚染された空間といえます。しかも、毎日の診療によって細菌 パーティクルは発生致しますから、日々の感染対策に加えて定期的な消毒を実施しなければ拡散、付着した細菌は天井や壁面のクロス、あるいは床などで繁殖いたします。

さらに、天井や壁面に付着した細菌は室内空気の乱流によって滅菌器材などに落下、あるいは床から舞い上がって白衣や器械に付着するなどの危険性が増大致します。天井や床などの空間内面の汚染に対して定期的に適切な消毒が行なわれていない場合、診療室は常に汚染されているという認識が大切です。

3−2.感染制御の第一歩は可視化された汚染マップの作成

診療室を感染制御するためには見えない汚染物質が【どこに】、【どの程度】 存在しているのか、を具体的に知る必要があります。まず、感染制御の第一歩は汚染エリアの特定と汚染度を可視化することです。FDCでは、この目的のために汚染度を迅速にデジタル計測できる【ATP拭き取り検査測定器】(Photo―1)を使用して診療室内面の天井、床、壁面、さらにはレーザー機器などに落下している細菌パーティクルなどを測定致します。(Photo―2)(Photo―3)

この測定器によって診療室全体の定量的な汚染情報を入手できますので、これらの汚染情報をもとに【汚染マップ】に完成させます。診療スタッフは【汚染マップ】によって診療室の汚染情報を共有化することができます。また【汚染マップ】によって適切な感染防止策をタイムリーに実施することが可能となります。その結果、より「清潔度の高い(感染リスクの低い)」診療室が実現しますので患者さんの治療を安心して行なえるだけでなく、患者さんをはじめ歯科医やスタッフに降りかかる細菌・パーティクルからの感染リスクも低減させることができます。

3−4.診療室の浮遊細菌管理

次に、診療室空間の内面汚染度は掌握可能となりましたが、やっかいな空中に浮遊している細菌・パーティクルの状態を測定しておく必要があります。時々刻々と変動する浮遊菌の測定には従来の培養法では培養と分析には通常、数日間を要するため、その間の汚染状況は不明であり、また院内噴霧消毒後の消毒効果の判定がリアルタイムにできないなど迅速性に問題があります。そのため、エアーサンプリングによる【リアルタイム浮遊菌カウンタ】による検出法が最適です。このカウンターによって診療業務の際、どのエリアにどの程度の細菌・パーティクルを飛散させているかを知ることができますのでリアルタイムの対策が可能になります。また、この浮遊細菌情報を汚染マップに書き加えることによって診療室の感染制御能力を高めることが可能になります。

3−5.汚染マップで感染制御の効率アップ

医院空間(待合室も含む)の感染制御作業は【汚染マップ】を参考に 1.清潔域、2.準清潔域など各々の管理基準に従って実施致します。可視化された【汚染マップ】は適時、適切な対応策を実現し、より質の高い診療室の衛生管理を可能にします。 また、【汚染情報】を医院スタッフ全員で共有できるためスタッフによる汚染拡大を防止することができます

FDCは【滅菌と消毒は臨床の基本】であることを認識し、 歯科空間のバイオクリーン化技術の開発に取組んでいます。

4.診療空間の汚染対策は1983年から

FDCは感染歯牙の切削粉塵によって診療室内の空間が汚染されるリスクを認識していましたので1983年から感染防止対策として診療室の空気を集めて紫外線で殺菌する装置を24時間稼働させてきました。また治療椅子周辺や天井、あるいは床下などの落下細菌を消毒するために定期的に消毒剤を散布しています。FDCは 【滅菌と消毒は臨床の基本】 であることを認識し、 80立方メートルの診療空間と空間の表層部(床、天井、 壁面など)の感染制御能力の向上に努力しています。以下、導入されている感染対策の一部を示します。

1)細菌・パーティクルの飛散防止対策

  • 治療時の高速エアー・タービンによる切削は極力さけ、
    切削飛散量の極めて少ないエンジンを使用する。
  • 吸塵装置の位置を常に適正位置におき、吸塵効率を高める
  • 治療用エアーの給気管に滅菌フィルターを装着
  • 治療用の給水装置に紫外線殺菌装置(紫外線253.7nm)を設置

2)浮遊ならびに落下、付着細菌の対策

  • 紫外線空気殺菌装置・・・診療室の空気を吸引し、波長253.7nm紫外線で殺菌
  • 消毒剤の噴霧・・・・汚染マップに従い、汚染箇所をクロルヘキシジン、クレペリン
    などの消毒剤を定期的に散布
  • プラズマオゾンガス発生装置・・・・診療中は0.10ppm以下
    (夜間無人の時間帯は6ppmのオゾンガス放出)

3)供気管や給水管の定期的交換

設置後、古くなった治療用のエアホースや給水管は経年変化により管の内面にいろいろな物質が沈殿、付着いたします。 これらの有害物質や細菌は滅菌フィルターの濾過性能を低下させるだけでなく、口腔内に噴射されますと感染のリスクが生じます。そのため一定期間経過した配管類は交換致します。

5.室内の汚染した空気や汚染水の処理

空間の細菌・パーティクルの拡散を減少するためには治療椅子サイドに吸引装置がありますが汚染された空気を無処理で外部に強制排気している例があります。さらに治療によって生じた切削水や血液、唾液などの汚染水も同様に 無菌処理をしないで排水している例も少なからず見られます。これでは排出先に あらたな環境汚染を引き起こすことになります。FDCでは院内の汚染物質による環境汚染を防ぐために排気装置や排水トラップには滅菌フィルターと紫外線殺菌装置し、滅菌処理後に排気、排水しています。

6.治療器材の徹底した滅菌

FDCでは治療器材の滅菌・管理工程は滅菌処理の信頼性を向上させるために6工程になっています。

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上述のように6工程の各工程を滅菌作業マニュアルに従って実施いたしますが、ここで重要なことは第1工程の洗浄です。この工程は高度な汚染物を取扱いますので作業スタッフの感染事故が発生しやすいことです。そこでFDC滅菌作業マニュアルでは、この工程の目的と作業方法だけでなく、この作業において発生する感染事故からの要員を護るための防衛策を具体的に記載しています。また、第1工程の洗浄作業が不完全ですと以後の滅菌工程をしっかり行っても不完全な滅菌になる恐れがありますので、注意深い作業態度が求められます。

さて、滅菌後の器材滅菌工程が終了いたしますと安心しがちですが、せっかく注意深く滅菌されていても管理が杜撰ですと滅菌器材が汚染されます。そのためには管理マニュアルでは滅菌物の滅菌状態を維持するために被滅菌物の保管場所と保管法を定めています。このように滅菌処理は最後の管理にいたるまで気を抜かないことが大切です。

7.感染制御は診療の下準備ではなく第2の医療サービス業務の提供

【滅菌と消毒は臨床の基本】である以上、FDCの考える医療サービスとは【医療行為】と【感染制御の稼働適格性】の2種類を提供することであると考えています。 そのためFDCの器材滅菌や空間消毒の感染制御コンセプトは作業の終了で完結するのでありません。

FDCの感染制御機能が適格に機能していることを確認するために作業終了後に診療空間の【空気】や 【水】はもちろんのこと、治療器材や消毒液の濃度などをISO規格やJIS規格を参考にFDC独自の感染制御ガイドラインによって検証を行ないます。

また、これらの検査結果は「感染制御作業記録」として記載されます。

つまり、治療と共に患者さんに提供するもう一つの医療サービス【感染制御】は消毒・滅菌作業と作業後に消毒・滅菌工程が正しく稼働しているか、否を検証することによってはじめて終了すると考えています。

8.コストなくして感染制御なし

感染防止のため現在では多くのディスポーザブル製品が使用されています。治療によって汚染したマスクや手袋、帽子などは患者さん毎に交換するのは当然として、患者さん用の紙コップ、エプロンをはじめ多くのディスポーサル製品がFDCでも使用されています。40年前の臨床では想像もできなかった感染防止の消耗品コストです。

例えば院長のゴム手袋(ディスポーサル)だけでも年間の費用は20万円となります。しかし、これらのデスポ製品のコストなど高度の感染制御装置を運用する経費などと比較すれば極めて廉価なものです。さらにスタッフに対する感染制御技術の教育・訓練コストも必要です。高度な汚染環境に曝される診療室を本格的な滅菌環境に近づけていくためには一般に考えられている以上の高額な経費が必要です。

単なる感染制御理念や思い込みの滅菌レベルでは汚染機会の多い歯科臨床において「耐性病源微生物」は言うおよばず、通常の感染防止すら困難です。感染機会の多い歯科臨床においては「高度な装置と技術」が必要です。現在の保険制度では患者さんが「高度な感染制御サービス」を求められる場合は応分のご負担が発生することをご理解戴く必要があります。

感染制御を専門的に研究した者からみれば現状の歯科保険制度の点数で歯科臨床の現場において本格的な感染制御を実施することが極めて困難であることは自明です。医科の中でも日常的に最も感染機会の多い歯科臨床に感染防止の点数を加算するのは先進国の医療制度として当然の政策です。一知半解な知識で感染理念を声高に語る人々に「コストなくして感染制御なし」と伝えたいと思います。

注)FDCはディスポーサル製品を含めて院内の感染物は大阪市認可の衛生廃棄物処理業者に委託しています。

9.FDCはスタッフ全員が滅菌技士

医院の感染制御レベルは院長の知識レベルではなく実務を支えるスタッフの感染制御の知識と実技能力によってきまります。 院長が感染制御に対する「専門的な知識や実務経験」が不足していればスタッフの滅菌業務の遂行能力を向上させることは困難ですので、単なる診療の下準備作業になります。FDCでは感染制御業務を年間計画に従って目標のレベルに達するまで教育と技能訓練を実施しています。

FDCでは教育・訓練が終了し、一定レベルに達しますと滅菌技士(第二種)の資格取得を目標としています。現在、院長を含めてスタッフ全員の4名が第二種滅菌技士の資格を有しています。

FDCは医院の感染制御能力は「コスト、教育・訓練、資格」によって成り立つと考えています。

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10.院内規則によるFDC従事者の感染防止義務、ならびに罰則

いくら細心の注意を払っていても医師やスタッフが削歯時の 唾液や血液の飛沫によって感染し、 肝炎ウィルスなどの媒介者と なる場合も稀にあります。そうなれば器材の消毒、 滅菌を徹底しても 無意味です。そのためにFDCは【院内規則ならびに院内感染防止マニュアル規則】により院長はじめスタッフ全員に年1回、もしくは臨時に医療従事者向けの身体検査受診の義務を定めています。また、FDCのスタッフは【院内感染防止マニュアル規則】に従わず 感染の危険を増大させる行為を行なった場合は服務規則による罰則規定が 適用されます。患者さんに対する感染防止はルールを決めるだけでなくルールが確実に実行されなければなりません。

【患者さんへの感染回避の例】
FDCでは採用時身体検査を義務づけていますが、ある時、 身体検査を拒否されましたので理由を尋ねますと、歯科衛生士として企業検診に回っているので身体検査の必要はない、ということでした。 しかし、当院は採用時の身体検査を拒否される方は採用できませんので 必ず検診して下さい、とお伝えしましたら驚いたことに、実は私、 結核なのです・・・、それでも採用して戴けますよね? 伝染性疾患の方は患者さんの治療にたずさわることはできません。 まず治療に専念するように、と伝えて帰ってもらいました。 医療従事者は大丈夫、という思い込みをせずに感染防止のルールを 遵守することによって患者さんだけでなくスタッフも結核の感染から免れた例です。

感染制御を支える医療機器

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(Photo―1)ATPふき取り検査システム ルミテスター PD-10N


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(Photo―2)レーザー機器へ落下細菌パーティクルの検体


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(Photo―3)1回の測定には24検体採取


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オートクレーブ滅菌器


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紫外線空気殺菌器


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クレペリン


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紫外線スリッパ殺菌機